2025年4月、沖縄旅行の話である。
思ったほどの暑さはなく、夜風は潮の香りを含んでさらりと肌を撫でていく。
ネオンがにじむ夜の街を歩きながら、気がつけば店の前に立っていた。
──予約のために、ここまで来たのだ。
「この時間、Mちゃんって予約できますか?」
黒服は胸を張って答えた。
「はい、大丈夫です。絶対に後悔はさせません」
その言葉に安堵しかけた矢先、彼は少し声を落として続けた。
「……ただし、キャンセルはしないでくださいね」
わざわざ足を運んでいるというのに。
その一言が、心に小さな棘のように残った。
昼間、トレードで400万を溶かした。今年の累計はマイナス750万。
落ち込んだ気分を晴らすため、コースを60分から70分に伸ばしたのは衝動だった。
案内された禁煙ルームは、空調が止まっており、どこか雑な残り香を漂わせていた。
埃をかぶったテーブル、ぼろぼろのソファー、無造作に置かれた使いかけの爪切り。
女性スタッフの不在を察しつつも、気分はさらに沈む。
階段下で形式的な説明を受け、そして──階段を登った先に、彼女はいた。
Mちゃん。暗がりの中に浮かび上がる、整った輪郭。
すっと通った顔立ち。美人系。心の奥で「間違いなくタイプだ」と囁きが走る。
たしか表示年齢は25。
だが、目の奥の落ち着きがそうじゃないことを告げている。──なぜか『34』という数字が、直感のように浮かんだ。
タトゥーに視線を落とすと、彼女は「皮膚が…」と
それ以上触れないことにした。
──自分もまた、クロックスの穴跡の日焼けと日焼け止めが染みた赤い目について言葉をかけた。
「病気じゃないから心配しないでね。シャワーも浴びてきたから日焼け止めも残ってないと思う」
「シャワー浴びたなら、このままベッド行きますか?」
初対面なのに、股間を洗いもせず病気のチェックもせず直接ベッドへ誘う無防備さに、
一瞬、背筋が冷える。
だが迷うことなく頷いた。
彼女は思いのほか濃密に絡んでくる。
ただ、先回りしてくる言葉が鬱陶しく、黙らせた。
そこからは、思うままに弄べる。だが「恥ずかしがらない」「嫌がらない」──
その素直さが逆に物足りなさを生んでいく。
けれど突然、彼女の奥底から何かが溢れ出した。
頬を赤らめ、か細い声が零れる。
「……あ、」
その瞬間、Mちゃんの“本当”が現れた。
少し顔を持ち上げ、薄目を開き、震える身体を晒しながら果てていく。
その顔に、どうしようもない興奮が突き上げた。
──この顔。この瞬間。
果てる彼女を見届けながら、自分もまた深く、逝った。
やがて、持て余した時間を埋めるように、どうでもいい話を始めた。
今日、沖縄で見て回ったことを話しても、まったく盛り上がらない。
気づけば以前通っていた女の子の話になっていた。
プレミア会員になるために、大谷のホームランペースで店に通っていたこと。
その子の可愛さは自分の基準ではなかったのに、なぜか惹かれて通い続けたこと。
今思えば──本当にどうでもいい。
けれど、その流れで“誰にも見せない”と約束して撮った写真を、なぜかMちゃんに見せていた。自分でも理解できない行動に、あとになって驚いた。
肉体的にも精神的にも、きっと疲れていたのだろう。
それでも、不思議と心地よかった感覚だけが、胸に刻まれていた。
それは──Mちゃんが持つ癒しの力だったのかもしれない。
階段を降りると、黒服がサムアップをしていた。
なぜか、その仕草が妙に嬉しかった。──あの夜の記憶は、今も鮮明に残っている。
コメント