サービスを受ける側がお金を払う以上、本来であれば立場が強いのは客のはずだと思います。
しかし現実は、必ずしもそうならない。
例えばロレックスの人気モデルが分かりやすい。
買う側は十分なお金を持って正規店へ行く。しかし、「お金を払うから売ってください」が必ず通るわけではない。人気モデルは入荷数が限られ、欲しい人は大勢いるからだ。
客は買いたい。
店は無理に売る必要がない。
すると、お金を持っている客よりも、商品を持っている側のほうが強い立場になる。
価値の源泉がお金ではなく、希少な商品そのものにあるからだ。
これは人間関係でも似たようなことが起こる。
例えば人気キャストであれば、「会いたい」と思う客は大勢いる。一方で客側は、その人でなければ得られない体験や感情を求めている。
すると支払っているのは客であっても、価値の源泉を握っているのは相手側になる。
その結果、見かけ上は客とサービス提供者という関係であっても、実際のパワーバランスは逆転することがある。
交渉力や発言力は、誰がお金を払っているかではなく、「失って困るのはどちらか」で決まることが多い。
代わりの利かない価値を持つ側ほど強く、多くの場合は「欲しい側」よりも「欲しがられている側」のほうが優位に立つ。
つまり、力関係を決めるのはお金ではなく希少性なのだと思う。
ええ、私はそのことをすっかり忘れていました。
「客なのだから売ってもらえて当然」というほど強い意識ではなかったと思いますが、パワーバランスを甘く見ていたのだと思います。
ところが、「どんな客が希少な存在なのか」を考えるようになってからは、驚くほどすんなり購入することができました。
相手が何を求めているのか。相手から見た価値は何なのか。
そう考えるようになったきっかけの一つが、たまたまコーヒーが嫌いな人と接した時のことでした。
私はコーヒーが好きなので、朝のルーチンに組み込まれています。しかし相手にとってはそうではありません。
その日は泣く泣くコーヒーを我慢したという些細な出来事でしたが、自分にとって当たり前の価値観が、相手にとっても当たり前とは限らないことを改めて感じました。
ロレックスの購入も、人間関係も、案外同じところにつながっているのかもしれません。
もちろん、パワーバランスと人としての価値は別の話です。
人は価値があると感じた相手に対して、自分から譲ることがあります。
それ自体は自然なことです。
しかし、その譲歩が繰り返されるうちに、「譲ってもらう側」がそれを当然だと思い始めることがあります。
感謝が前提だったはずなのに、いつの間にか権利のようになってしまう。
そうなった瞬間、対等だったはずの関係は上下関係へと変わってしまいます。
相手を大切にすることと、自分を犠牲にすることは違う。
お互いの価値観を認め合い、ときには相手のために譲り、ときには自分の価値観も尊重してもらう。
その積み重ねが、本当に目指したい対等な関係なのだと思います。

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